マイ・フェア・プリンス

きれいなものが好き。
お父様がくださった、ガラス細工の花や動物。
お母様から譲り受けた、翡翠と金の宝石箱。
とっておきの日のために作っていただいた、ため息の出るほど美しいドレス。
それから、おじいさまから贈られた、とっておきの宝物。
――蜜色の瞳を持つ、冷たい王子様。



「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……お父様とお母様は?」
「旦那様はお仕事、奥様はお友達のところへ」
「……そう」

その頃私は、息苦しい世界に住んでいた。
政界の大立て者と言われる父、社交界の華と言われる母。周囲の大人も子供も、私の前に膝をつく。
自分の容姿が、母譲りで悪くないことを知っていた。
自分の頭脳が、父譲りで悪くないことを知っていた。
したいこと、欲しいものは、強く望みさえすれば誰かが手に握らせてくれると知っていた。

わかりやすくいうなら。
私は鼻持ちならない、馬鹿で我儘で尊大な、虎の威を借る狐だったのだ。


衣服を改め、軽食をとってから自室に戻る。
大きめに切った窓の前、陽光に照らされた椅子に、彼はいる。

「ただいま、王子さま」

初めて彼を見たときのことは、忘れない。
おじいさまのおうちに連れていっていただき、大人たちの会話に退屈して、こっそりのぞいた暗い部屋の中に、彼はいた。

トルコ石のような色の髪。
トパーズを埋め込んだような瞳。
清麗な面立ちはまさに造化の妙。
――華やかな衣装も相俟って、さながら絵本から抜け出たばかりの王子のような。

精巧な人形だとばかり思った「彼」は、「とうけんだんし」というのだそうだ。
私が彼を見つけてしまったことに驚いたおじいさまは、渋い顔こそしたものの、最終的には私のおねだりに頷いた。

――壊れた人形だ。子供の玩具くらいにしかなるまい。

それから、神社の人のような格好をした人が何人か呼ばれてきて、彼の首と手足に紐を巻き付けた。絶対に外してはならないときつく言い渡された。
そうして、彼は私の美しいコレクションになった。


ベッドで目覚め、登校し、帰宅し、再び眠るまでの間、彼はそこに座っている。
人形なのだから、食事をしたり、お手洗いにいったりはしない。お仕事に行ったり、お友達だという男の人と遊びに行ったりもしない。常に端然と座したまま、長いまつげはそよとも動くことはない。

最初は、名前をつけようかと思った。
チャーミング?フィリップ?ギルバート?アラン?
いろんな王子さまらしい名前は、どれもしっくりこない。
王子さま、と呼べば足りる。それに気づいてからは、童話をめくるのをやめた。
彼が私の窓辺に座るようになって、半年ほどが過ぎていた。


空色の髪を櫛ですくのは、ささやかな愉しみだ。
まったく動かない人形の髪がもつれることはないが、放っておけば埃にまみれる。
使用人に任せておけばいい、とお母様ならおっしゃるだろう。だが、王子さまを他人に触れさせる気にはなれなかった。