夢(逆裁/ミツナル/夢じゃ、夢でござる)
自分が今夢を見ているのだと、夢の中で自覚することがある。
今がまさにその瞬間だ。
私が立っているのは、クラシックなヨーロッパ調の室内と見えた。
けれども、ただの居住空間とも思えない。
ちょっとしたホールほどの広さのある室を囲む四方の壁はガラスでできており、ところどころに美しいステンドグラスがはめ込まれている。いわゆる、サンルームというものだろう。
あちこちに置かれた奇妙な形の鉢植えが重たげに枝を垂らす陰に、古めかしく優雅なデザインのベンチやデスク、チェストなどが見え隠れる。
古い映画のような、現実味のない光景。
自分が夢を見ているのだと確信する理由は、この光景に見覚えがないということの他に、もう一つあった。
目の前に、見慣れた男の姿があるからだ。
青いスーツ、尖って逆立った黒い髪、まっすぐに私を見据える黒い瞳。
「みつるぎ?」
幼なじみ、恩人、親友、ライバル、想い人。
私の中で、さまざまな肩書きを持つ男が、私を見つめていつものように笑っている。
その身体は、私の掌ほどの大きさしかない。
「みつるぎ、みつるぎ、どうしたの?」
ひどく幼い話し方に違和感を覚えないのは、ここが夢の中だからだろうか。
「成歩堂?」
「うん」
「どうしてそんなに小さいのだ?」
「さあ。わかんない」
首をひねってから、彼の瞳はまた私を見る。
「ぼくがおっきくないと、みつるぎはこまる?」
「……話すときに首が疲れるな」
「うん、そうだね」
あっさりと頷いて、にこりと笑った。
「じゃあ、おおきくなるほうほうをさがそうか」
先ほど見回したときには四方にガラス壁が見えたはずの部屋は、歩いても歩いても果てがない。
それに気づいてはいても、疑問に思うことはない。
視界に入るのは奇妙な形の植物と、そしていくつものアンティークな家具。猫足の浴槽、スタンドの鳥籠、天蓋のついた寝台。
小さな成歩堂は私の前をちょこちょこと歩き、時折私がついてきているのを確かめるように振り返る。
「みつるぎ、だいじょうぶ?」
なにをもって大丈夫かと問われているのかはわからない。この状態で、どう考えても大丈夫でないのは、小さくなってしまった彼の方だと思う。
だがそんなことを議論しても始まらないし、彼の自尊心を傷つけたくもない。
「問題ない」
頷いてやると、成歩堂は安心したように笑う。
「なにかあったらいってね」
「ああ」
「みつるぎのことは、ぼくがまもるから」
「!」
──だいじょうぶだよ、だいじょうぶだよ、しんぱいしないで、ぼくがいるから。
掌ほどしかない彼は、それでもその小さな全身で、私を気遣っている。
いきなり、成歩堂が小さな悲鳴を上げた。
「どうした!?」
あわてて覗き込むと、彼と同じほどの高さの鉢の陰から、一匹の蛇が這い出してこちらに向かってくるのが見えた。
「成歩堂!」
「だ、だいじょうぶ!」
彼は気丈にも、近くの植物の枝を折りとり、振り回し始めた。
「こ、こっちくるな!みつるぎをかんだらゆるさないぞ!」
「私のことより自分のことを心配したまえ!」
慌てて、武器になりそうなものを探す。
手近な卓子の上に置かれていた燭台を掴み、空いた手で成歩堂を掴んで引き寄せる。
屈み込んで火を近づけると、蛇は恐れたように逃げ去った。
「怪我はないか、成歩堂?」
咄嗟に、ひどく乱暴に扱ってしまったことに気づく。
だが彼は私の手の中で首を振り、照れくさそうに笑った。
「ありがとう、みつるぎ」
「……無茶を……しないでくれ」
「だいじょうぶだよ」
「何が大丈夫なものか!」
いつもそうだ。
再会してこのかた、彼はいつでも無茶な戦いばかりに身を置いている。
経験も浅く、知識も不完全、身を守る術すら知らず、彼はまっすぐに、巨大な敵に突っ込んでいく。
背後ではらはらと見守るこちらの気持ちなど、きっとその意識の中には露ほどもない。
助けたいと、守りたいと──誰にも、傷つけさせたくなどないと。
「みつるぎ?」
まっすぐに見上げてくる目を、そのまま私に向けていれば。
誰にも、触れさせはしないのに。
ゆっくりと指を曲げ、柔らかく握り込む。
このまま──このまま、この手を開かなければ。
手の中で感じる、彼の体温。
「みつるぎ」
落ち着いた声が、私を呼ぶ。
「だいじょうぶ?」
小さな両腕が、自分を捕らえようとする指の檻を抱え込む。
私の指をしっかり抱いて、彼はふてぶてしく笑う。
「みつるぎのことは、ぼくがまもるから」
「……君は自分のことをまず心配したまえ」
緩やかに指をほどくと、彼はまた私に先立って歩き始める。
その姿を見失わないように、私はその後ろをついて行く。
彼の背に守られながら、彼のすべてを守りたいと願いながら。
〈──伝言は、一件です〉
〈やあ、御剣、こんな時間にごめん。寝てる……よな?〉
〈あ、なんでもないんだ。変な夢見て、ちょっと気になったからさ〉
〈……また近々、飲みにでも行こう。じゃあな〉
〈──伝言を、消去しますか?〉